汚染土壌から放射性セシウムの長期脱離挙動

緒言
東日本大震災による地震と津波の引き起こされた東京電力福島第一原子力発電所の事故により, 多量の放射性物質が大気中に放出され, 広い範囲が汚染されたました. 特に, 30.1年と比較的半減期が長い放射性セシウムはイライトなどの粘土鉱物に取り込まれ, 交換速度が小さいことが知られています. 土壌中のセシウムの動態を知ることは汚染土壌の減量化や最終処分場の決定といった除染の課題の解決に不可欠であり, セシウムの土壌への吸着や, その脱離のメカニズムを示した研究は存在します. しかし,土壌からセシウムがゆっくりと脱離する反応の反応速度に着目し, 中長期的にセシウムが土壌中にどのような分布をもつかの考察は十分ではありません. また, 再吸着や共存イオンによる粘土鉱物層間の崩壊に伴うセシウムの固定化が起こるため, 従来の脱離実験によって土壌からのセシウムの脱離速度を決定することには困難が伴います. そこで, 本研究では, 実際の汚染土壌を対象に, 競合イオン濃度を比較的低く抑えることによる層間の崩壊を抑制し,さらに, 吸着剤を用い,液相中のセシウム濃度を低く抑えることで再吸着を抑制した条件で脱離実験を行い, 土壌からのセシウムの脱離反応の速度定数を求めることを目的としました.

Sorption and desorption kinetics of Cs to/from micaceous minerals
Sorption and desorption kinetics of Cs to/from micaceous minerals

実験方法
福島第一原子力発電所事故から40日後に福島県の4か所にて採取した土壌試料を使用した. 陽イオン交換樹脂(Dowex 50w-X8,K+型)を含んだ透析膜を入れたKCl溶液中に土壌試料を分散させ, 土壌から脱離した陽イオンが樹脂に吸着される環境下で脱離実験を行った. 脱離実験開始から2か月後までに8回樹脂を交換し, 樹脂に吸着した133Cs, 137Cs, および他の陽イオン量をそれぞれICP-MS, Ge放射線測定器, ICP-AESを用いて測定した. 得られた脱離曲線に対して,異なるCs吸着サイトを仮定した脱離反応のモデルを考え, Csの脱離の速度定数を求めた.

結果と考察
異なる種類の土壌を用いた脱離実験の結果から、4種類の土壌全てにおいて、従来の脱離実験においてイオン交換で脱離可能とされる割合を超える137Csが脱離された。また、異なるKCl濃度での脱離実験の結果から、実験開始直後では、K+イオンが高濃度の場合に137Csの脱離が阻害されたが、時間の経過と共にその影響は小さくなり、最終的には、低K+濃度の場合の脱離量を上回った。さらに、脱イオン水を用いた脱離実験では、最終的な脱離量がKCl溶液を用いた場合よりも大きく、土壌中に元々吸着していた137Csの約4割が脱離した。また、全ても試料において、133Csの脱離挙動は137Csと異なり、4週間後に急激な脱離量の増加が見られた。これは、粘土鉱物の形成段階から土壌中に存在すると考えられる133Csが、事故由来の137Csとは異なった状態で土壌中に存在することを示唆している。
脱離反応の速度定数の算出には、3つのサイトを仮定した脱離反応モデルを用いた。全ての試料で,最も速度定数の小さなサイトの脱離反応の半減期は数年のオーダーであり,脱離されにくい成分が存在することが示された.

Fitting results of the three- (continuous line) and two- (dotted line) sites desorption models for the fraction of the cumulative desorption of 137Cs from the soil no. 37 by 10 3 M KCl as a function of time.
Fitting results of the three- (continuous line) and two- (dotted line) sites desorption models for the fraction of the cumulative desorption of 137Cs from the soil no. 37 by 10 3 M KCl as a function of time.

Murota, K., Saito, T.*, Tanaka, S., “Desorption kinetics of cesium from Fukushima soils”,J. Environ. Radioact. 153, 134-140 (2016).

本研究の一部は,日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究(B)(課題番号15H04246)の助成を受けて実施されました.