TRLFSは,パルスレーザを試料に照射することによって,試料中に含まれる蛍光団(蛍光性のイオン,有機分子)を励起し,励起状態からの脱励起過程を試料からの発光を通して,観察する手法です.蛍光性の金属イオンを対象にしたTRLFSに含まれる情報としては,
- 蛍光(発光)スペクトルの形状
- 蛍光の時間減衰
が挙げられ,それぞれ,
- 発光に至る許容遷移の数と遷移の確率
- 発光と競合する脱励起過程の存在
を反映しています.したがって,錯体形成のような化学反応によって,金属イオン周りの対称性が変化し,元々禁制だった遷移が一部許容になったり,あるいは,配位子場の影響によって遷移に関わるエネルギー準位自体が変化することで,スペクトルの形状は変わりますし,反応によって,競合する脱励起過程が変われば,金属イオンの蛍光寿命が変化を受けることになります.逆に,スペクトルの形状と蛍光寿命から,金属イオン周囲の化学的環境,つまり,局所的な化学構造を推察することが可能となります.
例えば,3価アクチニド(Am3+, Cm3+)の模擬元素として用いられるEu3+の場合,そのエネルギーダイアグラムはFigure 1のようになり,フリーイオンの発光スペクトルはFigure 2,蛍光寿命は110 μsec程度となります.Figure 2における3つの発光ピークは,それぞれ,5D0から,7F1,7F2,7F4の遷移に対応する(Figure 1).その他の遷移(5D0 → 7F0,7F3)は遷移確率の小さい禁制遷移となる.酢酸イオンのような配位子が存在する場合,電気双極子モーメント許容の遷移である5D0 → 7F0,7F2,7F3,7F4が影響を受け,発光スペクトルはFigure 3のように変わる.特に,5D0 → 7F2の遷移はEu3+の対称性の変化に敏感な”hyper-sensitive”な遷移であり,錯生成によってその強度が大きく変化していることが分かります.一方,錯生成によって,Eu3+の蛍光寿命は増加しますが,これは,配位子が水和水分子と交換することで,Eu3+の励起状態にとって高効率な脱励起過程であるOH振動への緩和の寄与が低下するためです.よい近似として,蛍光寿命の逆数(発光の速度定数)と残存水和水数の間に線形の関係があることが知られています.
このように,TRLFSは波長と時間という2つの変数からなる多変量(多次元)データを与え,そこには,蛍光スペクトルと蛍光寿命という形で,金属イオンの化学形の違いに敏感な異なる情報が含まれていることから,非常に選択性の高い測定手法であると言える.さらに,蛍光強度が発光に関わる化学種の濃度に比例することから,定量性も良好であり,試料中の蛍光性金属イオンの化学形とその濃度(つまり,異なる化学種の分布)を調べるのに,適した手法であると言えます.研究室では,Parallel Factor Analysis (PARAFAC)というマルチモード因子分析の一種を活用して,蛍光性金属イオンと低分子量配位子との錯生成,鉱物への吸着,天然有機物への結合を評価しています(Figure 4).
Saito, T.*, Aoyagi, N., Terashima, M., “Europium binding to humic substances extracted from deep underground sedimentary groundwater studied by time-resolved laser fluorescence spectroscopy”, J. Nucl. Sci. Techno., accepted (2016).
Sasaki, T*, Ueda, K., Saito, T., Aoyagi, N., Kobayashi, T., Takagi, I., Kimura, T., Tachi, Y., “Sorption of Eu3+ on Na-montmorillonite studied by time-resolved laser fluorescence spectroscopy and surface complexation modeling”, J. Nucl. Sci. Techno. 53, 592-601 (2016).
Saito, T.*, Aoyagi, N., Kimura, T., “Time-resolved laser-induced fluorescence spectroscopy combined with parallel factor analysis: a robust speciation technique for UO22+”, J. Radioanal. Nucl. Chem. 303, 1129-1132 (2015).
青柳登,斉藤拓巳,木村貴海,「レーザー分光を用いたアクチノイドの状態分析」,ぶんせき9, 536-542, 2013.
Lukman, S., Saito, T.*, Aoyagi, N., Kimura, T. , Nagasaki, S., “Speciation of Eu3+ Bound to Humic Substances by Time-Resolved Laser Fluorescence Spectroscopy (TRLFS) and Parallel Factor Analysis (PARAFAC)”, Geochim. Cosmochim. Acta 88, 199-215 (2012).
Ishida, K., Saito, T.*, Aoyagi, N., Kimura, T., Nagaishi, R., Nagasaki, S., Tanaka, S., “Surface Speciation of Eu3+ Adsorbed on Kaolinite by Time-Resolved Laser Fluorescence Spectroscopy (TRLFS) and Parallel Factor Analysis (PARAFAC)”, J. Colloid Interface Sci.374, 258-266 (2012).
Collins, R. N.*, Saito, T., Aoyagi, N., Payne, T. E., Kimura, T., Waite, T. D., “Application of Time-Resolved Laser Fluorescence Spectroscopy to the Environmental Biogeochemistry of Actinides”,J. Environ. Qual. 40, 731-741 (2011).
Saito, T.*, Sao, H., Ishida, K., Aoyagi, N., Kimura, T., Nagasaki, S., Tanaka, S., “Application of Parallel Factor Analysis for Time-Resolved Laser Fluorescence Spectroscopy: Implication for Metal Speciation Study”, Environ. Sci. Technol. 44, 5055-5060 (2010).
所有レーザ分光システムの概要
日本原子力研究開発機構放射化学研究グループと共同で研究を実施しています.
レーザ光源
- Ti:sapphireフェムト秒レーザ + 再生増幅器(~800 or ~400 nm, Spectraphysics社 Tsunami + Spitfire)
- Nd:YAGナノ秒レーザ + OPO(variable wavelength, Spetracphysics社 Quanta-Ray + versaScan, uvScan)
- Nd:YAGナノ秒レーザ(1064, 532, 355, 266 nm, Quantel社Brilliant)
- Nd:YAGナノ秒レーザ(532 nm, LOTIS TII社)
分光器・検出器
- Andor社Shamrock分光器 + istar ICCDカメラ
- Acton社分光器 + Roper社PI-MAX3 ICCDカメラ
- 浜松ホトニクス社分光器 + ストリークカメラシステム(C7700)
浜松ホトニクス社分光器 + 日本ローパー社PI-MAX ICCDカメラ
顕微鏡
- 日本分光社製走査型近接場顕微分光システム
オプション
- 紫外・可視・赤外分光用クライオスタット(ユニソク社CoolSpeK)
- 無冷媒分光クライオスタット(Oxford社Opticool)
可能なレーザ分光測定一覧
- フェムト秒秒時間分解発光分光測定
- ナノ秒時間分解発光分光測定
- レーザラマン散乱測定
- 近接場顕微分光測定