背景
2011年に発生した福島第一原子力発電所事故によって、東日本の広い地域が放射性セシウムによって汚染された。居住地の汚染土壌の多くは除染のために剥ぎ取られ、処分に向けて保管されているが、依然として森林地域での空間線量は高い。将来行われる汚染土壌の処分における安全評価や森林地域周辺の居住者の長期の被ばく評価のためには、セシウムの土壌中での挙動の理解が必要である。セシウムは雲母系の鉱物に強く吸着されることが知られている。しかし、異なるイオンの存在下で微量のセシウムが時間経過に伴いどのように脱離をするのかは明らかになっていない。本研究では雲母系の鉱物であるイライトとバーミキュライトを用いて室温でのセシウムの長期の吸着脱離試験を行い、脱離への吸着時間及び共存イオンの影響を調べた。
手法
1 mMのK+若しくはCa2+又は1 mMのK+及びCa2+の存在下で、微量(900 Bqの137Csを含む50 nM)のセシウムをイライト又はバーミキュライトに最長8週間吸着させ、その後、セシウムを強く吸着する吸着材であるプルシアンブルーのナノ粒子を加えて12週間セシウムを脱離させた。プルシアンブルーのナノ粒子は一度脱離したセシウムが鉱物に再吸着するのを防ぐために用いた。
結果と考察
Ca2+の存在下では90%以上のセシウムが吸着したのに対し、K+の存在下では50から70%のセシウムが吸着した。Ca2+の存在下のイライト試料(Ca型イライト)以外の試料においては、脱離開始数日で80%以上のセシウムが脱離し、最終的にほとんどのセシウムが脱離した。このことは、プルシアンブルーのような強い吸着材が存在することで吸着したセシウムの大部分は容易に脱離される状態になっていることを示している。この脱離の傾向は吸着時間を延ばしても変化はなかった。一方、Ca型イライトからは、吸着時間が1日の場合、80%のセシウムが脱離するのに1か月以上かかり、最終的な脱離割合も90%以下であった。さらに、吸着時間を2週間に延ばすことでセシウムの脱離はよりゆっくりとなり、最終的にも70%のセシウムしか脱離しなかった。Ca型イライトからのCs+の脱離挙動を定量的に説明するため、擬一次脱離モデルによるフィッティングを行った結果、吸着したCs+の30~40%は層間端部に吸着し層間の奥へと拡散していくのに対し、残りのCs+は比較的早く脱離することが示唆された。Cs+はCa型イライトのほつれた端部のサイト(frayed edge sites)に吸着していると考えられているが、そのうちの一部(70~60%)は脱離しやすいことになる。そのため、共存イオンによって鉱物層間端部が広がったり閉じたりすることや層間中をセシウムが移行することが、雲母系鉱物に対するセシウムの吸着及び脱離挙動に重要であると考えられる。加えて、おそらく風化や粒子の凝集などの影響によって、本研究で対象とした純鉱物に比べ、実際の土壌からのCs+の脱離はより遅いことがわかった。
Murota, K.*, Tanoi, K., Ochiai, A., Utsunomiya, T., Saito, T., “Desorption mechanisms of cesium from illite and vermiculite”, Appl. Geochem., in press (2020).
本研究の一部は,日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究(B)(課題番号15H04246)の助成を受けて実施されました.